2012年10月15日
今月の法語 平成24年10月
彼方の目標も
足もとの一歩から
焦らず
一歩ずつ一歩ずつ
人の役に立つことをすると満足感が得られ、気持ちは前向きになります。精神的にも肉体的にもグンと力が出て、仕事への取り組みも積極的になります。
人の役に立つことをすると満足感が得られ、気持ちは前向きになります。精神的にも肉体的にもグンと力が出て、仕事への取り組みも積極的になります。
「一日に一つだけ、役に立つことをしよう」と心に決めると、普段、気づかないことにも気づくようになり、それを実行する場面が現われます。
ゴミを拾おうと意識していると、道端だけでなく社内にもゴミが落ちていることに気づいたり、電車内でお年寄りに席を譲ろうと思っていると、立っている高齢者の姿が目にとまったりします。
人の役に立つとは、大きなことではなくても、身の回りにたくさんあります。相手の話をよく聞く、失敗した人を責めない、「ありがとう」と声をかける、水や電気を無駄に使わないなどです。
いろいろやろうと欲張らずに、「一つだけ」と決めて取りかかれば、負担なくできるものです。多くの人が、一日に一つ良い行ないをすれば、私たちの職場や社会は、もっと過ごしやすくなることでしょう。
今日の心がけ◆一日に一つ良いことをしましましょう。
大きな責任や役割を背負うことは容易なことではありません。ですが、仕事や地域のことで一生懸命に過ごせば過ごすほどその姿は周りの人の目にとまり、何かの役や依頼が来ることもしばしばです。
依頼されたりお願いされたりしたことを、仕事や家庭の忙しさから断ることもあるでしょう。また、自分には分不相応な役目であると断る場合もあるかも知れません。
自分の事、自分の能力、自分の性格をきっちりと把握した上での判断であれば、他の人がとやかく言う必要はありません。自分が決めたことにあれこれ後悔の念を抱くことなく、邁進すべきでしょう。
自分の経験で申し訳ありませんが、どうしても判断に迷ってしまうときは、依頼されたりお願いされたことを引き受けてみることも必要だなと思っています。出来るかも知れないと感じる部分があるから迷うのでしょうし、申し出てくれた相手の心情を察すれば、無碍に断ることもできません。責任や役目もお金と一緒で天下の回りもの。自らの成長のために良いタイミングで回ってきたと、前向きに受け取ることこそ心の修練なのだと思います。
なぜならば、人は責任がない中でどんなに経験を積んだとしても、それは身についていかないからです。最終的な責任は自分にあると身を引き締めるからこそ自らの判断や行動には慎重になるし、真剣に考え抜いて行動を起こしていくことになるからです。責任がない中ではどこか自分に甘さが残り、どうしても緩い判断になりがちです。
物事を成すことの原動力はこれだ!という強い信念。もしくは堅い決心です。自ら心に残る甘さを排除するように行動しなければ、大きな成功をつかむことはできません。これが行動に繋がる心構えになります。
何事も心ありき。心と行動がちぐはぐでは、やはり大きな事を行うことはできません。目標やゴールを高めに設定するとき同じように心も揺るぎない信念で練り固めることです。
そのあとは簡単ですね。参考の文章にもあるように一日に1つだけで良い。なにか良いこと、人の役に立つことをしようと決めて、ひとつずつ実践していくことです。成功者の条件で耳にしたことがあるのですが、ABCDの定義というものがあるそうです。
A、当たり前のことを
B、バカにせず
C、ちゃんと
D、出来る人
この4項目をやったからと言ってすぐに成功者になれるわけではないでしょうが、焦ること無く、自分の出来ることを自分のペースでやり続けていくことが出来たならば、間違いなく成功をつかむことが出来るだろうなと感じます。成功者の話を聞けば、かならずABCDに当てはまることからも明らかですね。
当たり前のことを、バカにせず、ちゃんと、出来る人になれるよう今日も一歩ずつ一歩ずつ歩みを進めましょう。誰が見ているわけではありませんが、やり続けることで必ず成果が現れてくるものです。
合掌
※以下、参考書籍

この法語作成のために参考にした書籍は「職場の教養」です。
社団法人倫理研究所にて毎月発行されている書籍です。
社団法人倫理研究所とは、文部科学省生涯学習政策局所管の社会教育団体になります。会社の社長さんや経営者の方々が早朝の時間を使って勉強し、自らを磨く活動によって、健全な経営を行い社会貢献を実践しています。
2012年09月23日
第三回 お彼岸会 松永鉄九郎師匠
お彼岸のお中日、皆さんはお墓参りやご先祖さまへ思いを馳せることが出来たことと推察申し上げます。
さて、醫王寺では前々から企画していた通り、お彼岸会として松永鉄九郎師匠をお迎えしての三味線LIVEを開催することが出来ました。

写真は、本番前のリハーサル。
紋付袴姿でない鉄九郎師匠は逆にお目にかかることができません。
つまり、レア写真ですね( ´ ▽ ` )

当醫王寺で開催しているお彼岸会では、近隣の中学校に声かけして、ボランティアをお願いしています。
前回からですが、今回は7名もの中学生に協力して貰いました。

鉄九郎師匠の演奏が始まりました。
ご覧の通り、会場はほぼ満席!
約130名の皆さまに来て頂いたことになります!
これはすごい!感謝感謝でございます。
(^人^)

真ん中は、長唄三味線の鉄九郎師匠。
ん?では両隣りの和服姿の美人は誰だ?
そうです。もともと、松永鉄九郎師匠と杵屋三七郎師匠のお二人による三味線と長唄のLIVEが演目でありましたが、杵屋師匠の都合により、急遽お二人に都合つけて頂いて今回に来て頂いた次第です。
このお二人、お一人は梅屋貴音(うめやたかね)師匠、鳴り物をやって頂いております。
もうお一人は鳳声晴代(ほうせいはるよ)師匠、こちらは笛方でございました。
お若いお二人、松永鉄九郎師匠共々、覚えて頂ければ幸いですね。(^人^)
さて、醫王寺では前々から企画していた通り、お彼岸会として松永鉄九郎師匠をお迎えしての三味線LIVEを開催することが出来ました。

写真は、本番前のリハーサル。
紋付袴姿でない鉄九郎師匠は逆にお目にかかることができません。
つまり、レア写真ですね( ´ ▽ ` )

当醫王寺で開催しているお彼岸会では、近隣の中学校に声かけして、ボランティアをお願いしています。
前回からですが、今回は7名もの中学生に協力して貰いました。

鉄九郎師匠の演奏が始まりました。
ご覧の通り、会場はほぼ満席!
約130名の皆さまに来て頂いたことになります!
これはすごい!感謝感謝でございます。
(^人^)

真ん中は、長唄三味線の鉄九郎師匠。
ん?では両隣りの和服姿の美人は誰だ?
そうです。もともと、松永鉄九郎師匠と杵屋三七郎師匠のお二人による三味線と長唄のLIVEが演目でありましたが、杵屋師匠の都合により、急遽お二人に都合つけて頂いて今回に来て頂いた次第です。
このお二人、お一人は梅屋貴音(うめやたかね)師匠、鳴り物をやって頂いております。
もうお一人は鳳声晴代(ほうせいはるよ)師匠、こちらは笛方でございました。
お若いお二人、松永鉄九郎師匠共々、覚えて頂ければ幸いですね。(^人^)
2012年09月19日
久しぶりの雨は
数日前より、遠くの台風の影響で雲の流れる方向は南東から北西方向へ。
普段とは違う様相でした。
そして昨日、時間雨量50ミリとか超えたのかな?
猛烈な雨でした。こうなると、大雨洪水警報。
ですが、おかげさまで境内の苔は水気を吸ってすっかり元気に。


良いお彼岸の入りとなりました。
普段とは違う様相でした。
そして昨日、時間雨量50ミリとか超えたのかな?
猛烈な雨でした。こうなると、大雨洪水警報。
ですが、おかげさまで境内の苔は水気を吸ってすっかり元気に。


良いお彼岸の入りとなりました。
2012年09月15日
薬師寺につきまして
先日、静岡県西部にて活動する、49薬師霊場会にて下見に行ったのが奈良の薬師寺でした。





















部分的にしか映していませんが、薬師寺の大きな駐車場から歩いてきますと、稲荷神社を過ぎ去ってすぐにこの南門にぶつかります。
この写真も部分的ではありますが、南門を抜けてすぐ正面に現れる、中門です。
赤色に染め抜かれた柱と扉が印象的。そして左右には仁王像が厳しい表情で迎えて下さっています。
阿形の仁王像。
こちらは吽形の仁王像。それにしても大きいです。
そして中門からその偉容が目に飛び込んできます。
薬師寺の金堂です。
大きな瓦葺きの屋根の下には裳階という飾り屋根が付いています。この美しい金堂は龍宮造りという様式だそうです。なるほど乙姫さまが金堂内で待ち受けてくれているような雰囲気、分かる気がします。
実際は国宝 薬師三尊像が安置されています。そのお姿は真っ黒な青銅造りですが、金堂が焼失したときに蒸し焼きになってしまったがために今の真っ黒なお姿な訳です。
では創建当初のお姿は?というと金色に輝いていたそうです。黄金は熱によって焼け落ちてしまうことはないのですが、熱によって下地の青銅に溶け込んでしまったというのが、調査によって考えられている説だそうです。
金堂を正面に見て、ちょっと左を見れば、薬師寺の西塔です。
鮮やかな色彩のこの西塔は享禄元年(1528)に兵火で焼失しましたが、昭和56年(1981)に創建当初の白鳳様式で復興されたものだそうです。
そして西塔と対を成して存在するのが、薬師寺の東塔です。残念ながら、解体修理が始まったばかり・・・東塔はこの大きな屋根囲いのなかにすっぽり。解体修理が終わって見ることが出来るのは平成31年とのことですから、約7年もの先の話です。
金堂の真後ろに位置するのが、大講堂です。
いっぱいに後ろに引いて撮影したのですが、両端が切れてしまうほどの大きさ。さすがというその姿に圧倒されます。
薬師寺の奥まった場所に位置するのが、玄奘三蔵院です。
法相宗の始祖、玄奘三蔵をお祀りしているそうです。それだけでなく、平山郁夫画伯が描いた玄奘三蔵の壁画が納められています。
この日は見ることは適いませんでした。
本来ならば、薬師寺の視察もココまでというお話でしたが、大谷 徹奘師のお取りはからいにより、解体修理が始まっている東塔の現場を見せて頂きました。
東塔の解体修理内部、足場を登っていきます。
工事現場なので、全員ヘルメット着用です。
東塔をぐるりと囲むように、とても大きな足場・・・新たな鉄筋の建物が建てられたかのよう。
それもそのはず、東塔は国宝であり、ただ解体して修理するのにわざわざ遠方の工場などに運ぶ手間がかからないように、そのまますっぽり収まっている足場にて修繕作業が行われるそうです。
足場は、東塔の屋根瓦に合わせて何階層か用意されています。写真は2回の屋根瓦の部分ですね。
東塔の足場をゆっくりと登っていきますと、外からでは分かりませんでしたが、解体修理用の足場には全面布のようなもので覆われていましたが、内側からだととてもはっきり外が見える。
映っているのは金堂と大講堂。共にこんな高い位置からの視線で金堂や大講堂を眺められるとは思いませんでした。
解体修理が終わり、足場が無くなってしまえば、後は鳥でもなければ見ることすらできない。貴重な写真ですね。
一番上まで登っていくと、7階の高さと同等、およそ地上26メートルの景色です。
この日は本当に天気に恵まれ、遠くの若草山がはっきりと見えます。
最上階では、東塔の頂上部に飾られていた相輪のほか、その上に安置されていた水煙です。
驚いたのは太陽光が上手に取り込まれ、作業場がとても明るいところです。
地上からでは決して見ることが出来ない、水煙。およそ大人と同じくらいの高さがありました。
こちらは、水煙のさらに先、宝珠でしょうか。当時の技術でこれほどまできれいな球体を作ることができるわけですから、日本の匠は本当に素晴らしい技術を持っていたのですね。
これは東塔の一番上の屋根瓦の部分、ちょっと見にくいですが、屋根瓦に一人がやっと通れるような四角い穴が。
これは創建時に作られた屋根に上がるための口だそうです。当時の職人はここから屋根に上がり、さらにその上にある相輪や水煙の取り付け作業を行ったのでしょう。
高所でとても危険な場所ですから、技術と経験がある職人しか出入りできなかったでしょうね。
屋根瓦の上にこんな出入り口があること自体初めて知ることができました。 なお通常では上に銅板でできた扉があったそうです。
最後にもう一度水煙の画像。24体もの飛天が透かし彫りにされています。
長い間、風雨にさらされながら、一途に東塔を火災から護ってきた水煙、大変な御利益があると言えるのではないでしょうか?
木造建築ですから、とにかく火災には特別注意されてきたのだろうと思いますね。
あとは、水煙の名前ですが、火災がとても怖いのに、消火に必要で火とまったく相容れない存在と、煙という炎を連想させる2つから組み立てられている。
当時の日本人が感性豊かな知識人がたくさんいたのだろうと想像してみると面白いですね。
2012年09月15日
写経会のご案内
9月の写経会は27日木曜日の19時からになります。
どなたでもご参加頂けます。お気軽にいらして下さい。
写経は般若心経を写すわけですが、早く書き上げる必要はなく、自分のペースで書いて頂ければ十分です。
2回に渡って書き上げるつもりの方が、慌てることもなく、自分らしい写経ができるのと、文字と自分自身との対話が行える有意義な時間にして頂けると思います。
人間ですから、全然上手に書けない日や、すぐに間違えてしまう日もあるでしょう。
そのような時は、写経を通して自分の心の状況を知ることができたかけがえのない時間だったと喜んで頂けるならば、醫王寺の写経会を開催している意味があるのだろうと思います。
始めての方でも問題なく写経を楽しんで頂けますので、是非一度おいで下さい。
2012年09月14日
唐招提寺につきまして
奈良県にある、鑑真和上ゆかりの寺院ですね。それこそ国宝と重要文化財ばかりの寺院で、日本はもちろん、海外からも大変に評価されています。

唐招提寺を訪れると、まずこの南大門が出迎えてくれます。

近づけば、この重量感っ!柱も太いです。




唐招提寺を訪れると、まずこの南大門が出迎えてくれます。
近づけば、この重量感っ!柱も太いです。
南大門をくぐり、正面に目を向けると・・・
唐招提寺の金堂が迎えてくれます。国宝に指定され、奈良時代(8世紀後半)の建築物になります。
屋根瓦の頂点に2つ鴟尾が見えます。ここからでは小さく映っているだけですが、当然本物は大きく、大人の背丈ほどあります。
また、堂々として簡素な美しさを感じるこの建築様式を天平様式と言うのだそうです。
内部に納められた仏像3体、いづれも国宝ですが、真ん中の本尊は「毘盧遮那仏坐像」東方に「薬師如来立像」西方に「十一面千手観音菩薩立像」があり、等身大ではありますが、梵天、帝釈天、四天王などが配置されていました。
金堂の正面に立ち並ぶ8本の柱は、遠くギリシャの神殿建築技法が使われており、中央が緩やかに膨らんだその形はエンタシスとよばれる様式だそうです。
柱もよく見るとつぎはぎだらけ。永年金堂の屋根を支えている中で傷んだ部分だけが上手に補修されています。木造建築はそのように部分的な補修だけで何百年も建物を維持できるのですから、驚きです。
斜めから金堂を見上げると、屋根瓦の端の部分は大きく反り返っているのがよく分かります。また屋根の下に組まれた木材は隙間なくきっちり組み上げられ、その精密な美しさにため息が出るほどです。
そしてこの唐招提寺で忘れてならないのは、境内の西の端に位置する戒壇です。
唐招提寺は中国からやってきた鑑真和上のための寺院で天平宝字3年(759)に創建されました。
鑑真和上は、中国において当代随一、並ぶ者のない戒律の匠であると称えられていました。
当時の日本には正式に戒律を授けることができる僧侶はおらず、どうしても日本に来て欲しいとの要望に応え、海を渡る決心をしてくれたのでした。その後、5回もの渡航失敗で盲目になってしまいましたが、初志を貫き、6度目にしてやっと日本の地を踏むことができました。
742年に渡航を決心し、6度目に日本へ渡ることができたのは753年ですから、およそ11年のあいだ失敗にも挫けずに貫き通した決意は言葉には表せません・・・
その崇高な鑑真和上の授戒作法によりこの戒壇にて多くの僧俗に戒を授けられたことを想像すると、日本において僧侶の源流をたぐっていけば、僧侶は誰でもこの戒壇に行き着くのではないか・・・
つまり自分もこの戒壇にて授けられた戒をその身に秘め、また次の担い手に引き継いでいく・・・そんな途方もないことを想像するに十分な神聖な空気を感じる場所でした。
合掌
2012年09月13日
9月22日(土) お彼岸醫王寺会のご案内

秋のお彼岸中日に合わせて企画させて頂いている、お彼岸醫王寺会。
今回で3回目となります。
前回・前々回と噺家さんをお招きして、落語会を開催しました。
今回は趣向を変えまして、長唄三味線の松永鉄九郎師匠と唄の杵屋三七郎師匠をお招きさせて頂きます。
長唄三味線と言うと、日本の伝統文化、それだけに敷居が高いように感じられる方もいらっしゃるかもしれません。
しかし、こちらの鉄九郎師匠はお若いと言うこともありまして、とにかく考え方が新しい!
チラシに使用しているお写真をご覧下さい。笑顔で三味線を演奏なさっています。
自分的には伝統文化の担い手は厳しい表情でニコリともせずに演奏というイメージでしたが、まったく違うと言うことですね。
そうです。
かっこいい三味線! おもしろく長唄!
なんですね。
ですから、長唄三味線を知っている方や演奏したことがある方が楽しめるというものではなく、むしろ長唄三味線って始めて聞いた!面白いの?という三味線についてほとんど知らない人の方が楽しめる内容です。
まだ、チケットに余裕がございます。是非大勢の方に聞いて頂きたい音色です。
お待ちしております。
松永鉄九郎師匠のHP
杵屋三七郎師匠のブログ
2012年09月12日
今月の法語 平成24年9月
顔は自己の内面
を映すのみ
思いやりの心で
つねに心を磨く
K氏は、トップーセールスマンとして、これまで華々しい活躍をしてきました。氏は、「お客様に好印象を持ってもらうために、最も工夫すべきことは顔つきだ」と言います。お客様と商談する時の自分の顔は、「会社を代表した顔」なのです。
常日頃、険しい表情や仏頂面をしているのに、商談をする時だけ突然「良い顔」をしようとしても簡単にはいきません。
なぜなら、仏頂面をした表情筋だけが発達してしまっているからです。不機嫌な顔では、会社を代表する顔として、責任を担うことはできないでしょう。
「良い顔」になるためには、自己の内面を磨く必要があります。まず、鏡の前で相手を思いやる心や優しさをイメージしながら「良い顔」をしてみましょう。職場において誰もが、「会社を代表した顔」として「良い顔」を継続したいものです。
個人の顔にはそれぞれ個性があり、人によって好みも違ってはきますが、人間同士で揺らぐことがない事実として笑顔は良い表情であり、怒った顔は逆に悪い表情であり、最も醜い顔でしょう。
どんなに容姿が整い、魅力的な異性であっても、怒りや嫉み、恨みなどの後ろ向きな気持ちを心に持っているだけで醜く変わってしまうものです。
常に笑顔で居られるほどこの世は単純ではないという人がいるかもしれません。なるほどこの世は自分の思い通りにならないことばかりだと思っている人であれば、この世は苦しみの世界であり、笑ってばかりなんて決してできないと考えるでしょう。
ですが、本当にこの世は苦しみだけの世界なのでしょうか?
お釈迦さまも人がこの世に生を受けるということは4つの苦しみ「生老病死」を背負うものだと言っています。何人もこの理から逃れることはできません。
現にお釈迦さまも入滅、つまり亡くなっているのですから、逃れられないということに関しては自ら証明してくれているとも考えられます。
ただし、お釈迦さまはこの世の根本的な苦しみを糧にして悟りを得ることができました。
逃れられない苦しみに心を痛め、寝ても覚めても、いつ自分に訪れるかもしれない苦しみに怯えるのではなく、逃れられないのであるから自ら歩み寄り、注意深く研究・洞察することで、ついにその本質を明らかにしたと言うことなのです。
苦しみから目を背けずに、じっとみつめてみる。何が苦しいのか・・・なぜ苦しいのか・・・だれが苦しいのか・・・苦しいとの感情はどこから来るのか・・・
実はすべて自分の心が始まりになっていることなのです。この世で起きる現象は、なにひとつ取ってみても苦しいや、嬉しいなどという分類はありません。すべて人が心で受け止めた時点で区別、分類されているだけですね。それが証拠に、雨が降るという現象、濡れたくないという人にとってみれば苦しみでしょうが、農家の人ならば喜びかもしれません。もっと言えば乾燥地帯の動植物ならば歓喜の雨でしょう。
自らの心が逃れがたい苦しみを生み出す根本原因ですから、自らの心を変えるだけで全てが変わっていくのだと言えます。原因は自らの心・・・ならば気づいたその瞬間からまったく新しいこの世を歩むことができる。
お釈迦さまは苦しい修行と自らの心を静かに見つめる洞察力があったので悟りを得て、後世に遺してくれました。
苦しい!と感じる自分は紛れもない現実ですが、苦しいと感じている心は何によって本来の輝きを失っているのか、気がつかせてくれる機会でもありますね。
このように考えると、この世は本来的には苦しみも喜びも存在せず、ただ一時の表面的なこととして感じるだけなのでしょう。
今月の法語に戻ってみますと、心を磨くとは心本来の輝きを取り戻すということであり、そのための手段として相手を思いやる心を持つという流れですが、苦しみや喜びという一時の気まぐれなどに振り回されない、本来の心に立ち返っていくならば、おのずと表情は穏やかになって、相手や生きとし生けるものを慈しむような眼差しになっていくのでしょう。
そんな穏やかで曇りのない表情になることも夢ではないですね。だって自らの心次第なのですから。
合掌
※以下、参考書籍

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2012年07月14日
写経会 7月26日(木)19時より

7月の写経会は26日木曜日の19時からになります。
どなたでもご参加頂けます。お気軽にいらして下さい。
写経は般若心経を写すわけですが、早く書き上げる必要はなく、自分のペースで書いて頂ければ十分です。
2回に渡って書き上げるつもりの方が、慌てることもなく、自分らしい写経ができるのと、文字と自分自身との対話が行える有意義な時間にして頂けると思います。
人間ですから、全然上手に書けない日や、すぐに間違えてしまう日もあるでしょう。
そのような時は、写経を通して自分の心の状況を知ることができたかけがえのない時間だったと喜んで頂けるならば、醫王寺の写経会を開催している意味があるのだろうと思います。
始めての方でも問題なく写経を楽しんで頂けますので、是非一度おいで下さい。
2012年07月13日
今月の法語 平成24年7月
夢や志を掲げた
その決意
大切な人の顔と共に
思い起こそう
筑波記念病院で、整形外科部長を務める生芝幸夫氏が医者を志したのは、幼い頃、一酸化炭素中毒に陥り、医者に助けられたことがきっかけでした。
高校三年時、医学部受験を担任に伝えると「間違っても無理」と返されました。父親に、頑張っても駄目ならどうすべきかを相談すると、「もっと頑張るんだな」と言われ、それでも駄目なら「もっともっと頑張るんだな」と励まされました。
父親の言葉を支えに初志を貫き、五浪を経て医学部へ合格。医師国家試験発表の日、母親から渡された封筒には「ぼくがおおきくなって、いしゃになったら、おかあさんの病気を見てやります」と小学生時に書いた手紙が入れられていました。
それから、四十余年、氏は母親の手術のためにメスを握り、約束を果たすこととなりました。私たちも社会人になる時、夢や志を掲げたことでしょう。再度、初志を思い起こし、貫き通す決意をし、日々の業務に取り組んでいきましょう。
人がこの世に生を受け、生を営んでいくためには、まず食事を採らなければ、自らの身体を維持することが出来ません。つまり生きることが出来なくなってしまいます。ですが、私たち人間は、食事を採り、適度な睡眠を得ることが出来れば、充実した人生を送っているということにはなりません。
人によったら、目標もなくただ生きながらえているのは、死んでいるのと同じと厳しい口調で言われてしまうかもしれません。
この世で生きる意味を問われると、自分自身、なんと答えていいか分からなくなってしまいますが、ただ食べて寝るというような、無気力で、何の向上心もない様な生き方はつまらないだろうと想像はつきます。
誰かに言われたものではなく、自らの意思で立てることが出来た夢や目標、志は、自分がこれから進もうとする道をぼうっと浮かび上がらせる力があると思っています。本来ならば自分が進む道の先には何があるのか、今自分が立っている位置から全部見渡すことが出来れば、失敗したりつまずいたりすることなく、良い道をひたすら進むことが出来るのでしょう。
ですが、人生進むべき力を得ることが出来る光、夢、目標、志は限られた範囲しか照らし出すことが出来ない。そればかりか、心が浮ついていたり、落ち着きを無くしていたり、誰かの言葉に傷ついたり迷ったりすれば、たちまち光はその明るさを失ってしまう。
なんて頼りなくて、なんて当てにならない光なのでしょうか・・・心とはそれほど繊細で周りに影響されやすいものであると理解しておく必要があります。そして反面、心が充実し、気力に溢れ、前向きな言葉が自然に口から出てくる様なときも考えられます。そのときは、夢、目標、志は予想以上に遠くまで明るい光で照らし出せることと思います。
自らの心の有り様によって、左右される光。これも考えてみれば不安定な感じを拭い去ることはできませんが、自分の欲望や自分だけのためにと狭い心で立てた夢、目標、志では実は本来の力を発揮することはできていないのです。
今月の法語に記したとおり、誰かのため、大切な人のためにという気持ちで立てた夢、目標、志こそ、悩んだり困ったりしたときに力になってくれるものです。それだけでなく、心が前向きでなく落ち込んでいたり、気力が落ち、八方ふさがりで生きる気力すら失ってしまっているときほど効果があり、力が発揮されると言えます。例えるならば、暗闇の中で一筋の光、ろうそくのような心強さがあると思います。
最初に戻りますが、この世に生を受け生を営んで行くには、食事を採ることで身体を維持することが一番であってはならないでしょう。大切な誰かのためにという気持ちで夢、目標、志を立て、それにより自らの心を奮い立たせることで自らの進むべき道をしっかりと見据えて進んでいくべきです。
そして、自らの進むべき道を夢、目標、志に向かって邁進することのために食事を採り、自らの食欲を満たすためだけに食事をしない。また自らの欲望を追い求めるために身体を維持したりしない。食事をすることは、他の命を頂くということなので、厳しいようですが、自らに戒めをもって生活をするべきなのでしょう。
合掌
※以下、参考書籍

この法語作成のために参考にした書籍は「職場の教養」です。
社団法人倫理研究所にて毎月発行されている書籍です。
社団法人倫理研究所とは、文部科学省生涯学習政策局所管の社会教育団体になります。会社の社長さんや経営者の方々が早朝の時間を使って勉強し、自らを磨く活動によって、健全な経営を行い社会貢献を実践しています。
2012年07月07日
キョウチクトウの花
おはようございます。
最近、なかなか記事が出せず、更新が行き届いておりませんが…
実は7月2日より、醫王寺の檀家さまで7月のお盆の地域を回っているからなのです。
割りと忙しいものですね。
さて、夾竹桃キョウチクトウの花ですが、白い花びらが、こじんまりと開花する様子に気品を感じます。

ですが、美しいだけで済まないのが夾竹桃ですね。
強い毒性を有しております。
しかもその毒性は葉っぱだけなどという、部分的なものではなく、枝や幹にいたるまで全て。
基本的に口から入る事で影響を受けてしまうそうです。
注意しましょう。
以外なことには、枝や葉っぱを燃やした場合、煙や蒸気を吸い込めばそれは口にしたのと同じ。
砕いておいて腐葉土にする場合でも、1年間程度は毒性が残るようなのです。
ですが、夾竹桃の魅力は園芸種としての素晴らしさを教えてくれますね。
最近、なかなか記事が出せず、更新が行き届いておりませんが…
実は7月2日より、醫王寺の檀家さまで7月のお盆の地域を回っているからなのです。
割りと忙しいものですね。
さて、夾竹桃キョウチクトウの花ですが、白い花びらが、こじんまりと開花する様子に気品を感じます。

ですが、美しいだけで済まないのが夾竹桃ですね。
強い毒性を有しております。
しかもその毒性は葉っぱだけなどという、部分的なものではなく、枝や幹にいたるまで全て。
基本的に口から入る事で影響を受けてしまうそうです。
注意しましょう。
以外なことには、枝や葉っぱを燃やした場合、煙や蒸気を吸い込めばそれは口にしたのと同じ。
砕いておいて腐葉土にする場合でも、1年間程度は毒性が残るようなのです。
ですが、夾竹桃の魅力は園芸種としての素晴らしさを教えてくれますね。
2012年07月01日
塩害の一端
すでに2週間ほど経ってしまいましたが、静岡県西部に上陸した台風4号の恐るべき爪跡がはっきりしてきています。

この時期だと雨に濡れた若葉は緑色に輝いて非常に気持ち良いものなのですが、写真中央の木々だけは茶色になっています。
こちらはモミジですので、この時期の黄緑色の鮮やかさは言うまでもないはずなのですが、見る影もないほど、茶色く枯れてしまっています。
写真はモミジだけですが、醫王寺の境内の樹々で被害を受けたのはこのモミジだけではありませんでした。
サクラ、サツキ、ハギ、ケヤキ、イチョウが軒並み被害にあっています。
このまま、樹々まで枯れてしまうことはないと思いますが、サクラなど来年に綺麗な花が咲くかどうか心配ですね。

この時期だと雨に濡れた若葉は緑色に輝いて非常に気持ち良いものなのですが、写真中央の木々だけは茶色になっています。
こちらはモミジですので、この時期の黄緑色の鮮やかさは言うまでもないはずなのですが、見る影もないほど、茶色く枯れてしまっています。
写真はモミジだけですが、醫王寺の境内の樹々で被害を受けたのはこのモミジだけではありませんでした。
サクラ、サツキ、ハギ、ケヤキ、イチョウが軒並み被害にあっています。
このまま、樹々まで枯れてしまうことはないと思いますが、サクラなど来年に綺麗な花が咲くかどうか心配ですね。
2012年06月29日
アガパンサスの開花
醫王寺境内に咲いているアジサイ、今年は十分な雨がもらえず、ちょっと元気がないように見えます。
ただ今年はアジサイが長く咲いているような気がします。
梅雨のまとまった雨を受け取らぬうちは、終われないと考えているのでしょうか?
さて、表題のとおり、アガパンサスが開花し始めました。

それまで葉っぱしかなかったところへにゅーっと茎を伸ばし、開花するアガパンサス。
自然は不思議ですねぇ。
これを切り花で飾るにはやはり丈の長い花瓶が必要です。
今年も変わらず開花してくれたことに感謝(^人^)
ただ今年はアジサイが長く咲いているような気がします。
梅雨のまとまった雨を受け取らぬうちは、終われないと考えているのでしょうか?
さて、表題のとおり、アガパンサスが開花し始めました。

それまで葉っぱしかなかったところへにゅーっと茎を伸ばし、開花するアガパンサス。
自然は不思議ですねぇ。
これを切り花で飾るにはやはり丈の長い花瓶が必要です。
今年も変わらず開花してくれたことに感謝(^人^)
2012年06月26日
東部小のお友だち
本日、近隣の東部小学校より、3年生の子どもたちが、課外学習のひとつとして醫王寺に来てくれました。


醫王寺の客殿は子どもたちでいっぱい。
なんと128名の人数でした。
坊中学校のお話やドウフンという、龍神さまが住まっていた綺麗な池のこと。
大名などが乗っていたお駕籠の話を熱心にメモしてくれました。
この子たちが大きくなってからも、醫王寺に来たという思い出を記憶してくれているこを願ってやみません。


醫王寺の客殿は子どもたちでいっぱい。
なんと128名の人数でした。
坊中学校のお話やドウフンという、龍神さまが住まっていた綺麗な池のこと。
大名などが乗っていたお駕籠の話を熱心にメモしてくれました。
この子たちが大きくなってからも、醫王寺に来たという思い出を記憶してくれているこを願ってやみません。
2012年06月23日
先日、19日台風4号の被害
先日、静岡の西部地域に直撃した台風4号!
昨年9月にやってきた台風の被害がよみがえる、嫌な気持ちで迎えることになりました。

すでに、何本かの樹々は翌日に急いで片付けしておりますが、まだ処理が行き届いてないところ。
この倒れているのは、サクラの木…今年も見事な花を付けてくれたのですが、来年はもしかしたら、ダメかもしれない。


境内の裏手になりますが、ここですでに4本のサクラが根こそぎやられています。
別な場所でも3本程度。
その他、鎮守堂裏手の椎の木、内部は腐っていたようで、大きな枝がドスンと落ちてました。
ですが、今回の被害でもっとも大きな倒木がこちら!

墓地のすぐ裏手のどんぐりの木ですが、森を突き破って、畑の中にどーん!

大きなどんぐりの木ですが、根っこから思いっきり引き倒されている感じです。
しかもご丁寧に近くの排水用の水路をデコボコにして下さいました…
トホホ(-。-;
今日の9月ほどでないにしろ、今回の被害も決して軽度とは言い難いです。
6月の台風上陸は18年ぶりとかだそうですが、今まで稀だったことが、通常になってしまうと本当に困ります。
今年はもう台風の被害に悩ませれませんよう…
お祈りするしかありません…
(>人<;)
ですが、台風も地球の自然の営みのひとつ。嫌ってもしょうがないのですから、受け入れていくしかないのでしょうね。
昨年9月にやってきた台風の被害がよみがえる、嫌な気持ちで迎えることになりました。

すでに、何本かの樹々は翌日に急いで片付けしておりますが、まだ処理が行き届いてないところ。
この倒れているのは、サクラの木…今年も見事な花を付けてくれたのですが、来年はもしかしたら、ダメかもしれない。


境内の裏手になりますが、ここですでに4本のサクラが根こそぎやられています。
別な場所でも3本程度。
その他、鎮守堂裏手の椎の木、内部は腐っていたようで、大きな枝がドスンと落ちてました。
ですが、今回の被害でもっとも大きな倒木がこちら!

墓地のすぐ裏手のどんぐりの木ですが、森を突き破って、畑の中にどーん!

大きなどんぐりの木ですが、根っこから思いっきり引き倒されている感じです。
しかもご丁寧に近くの排水用の水路をデコボコにして下さいました…
トホホ(-。-;
今日の9月ほどでないにしろ、今回の被害も決して軽度とは言い難いです。
6月の台風上陸は18年ぶりとかだそうですが、今まで稀だったことが、通常になってしまうと本当に困ります。
今年はもう台風の被害に悩ませれませんよう…
お祈りするしかありません…
(>人<;)
ですが、台風も地球の自然の営みのひとつ。嫌ってもしょうがないのですから、受け入れていくしかないのでしょうね。
2012年06月18日
アジサイ満開の報告
醫王寺境内のアジサイが咲きそろい、訪れた皆さまに梅雨の季節ならではの風情をお送り出来ることを喜んでおります。
それでは、醫王寺の誇るアジサイたちをご紹介いたします。

純白のアジサイです。清楚でおとなしいイメージですね。
アジサイの花びらひとつひとつが他と比べて小さいこともあり、その繊細な美しさを楽しんでいただければと思います。


こちらはピンク色のアジサイです。
緑色の葉っぱと対比をなして一層映えますね。


こちらは青色とピンク色のほぼ中間である紫色ですね。
こちらも美しいですね。紫はもともと高貴な色ですし気品を感じます。

最後にこちらはガクアジサイ。こちらの株は大きく育ち、下から見上げるように撮影しています。
ガクアジサイは開花も早いですから、まもなく見頃を終えてしまうでしょうが、なかなか繊細な作りで慎ましいイメージです。
ミツバチなどの昆虫にとってはこのガクアジサイが一番人気なようで、開花と同時に多くの羽音を聞くことができました。
アジサイを鑑賞して頂くにはあえて雨の日か、雨の翌日が生き生きしたアジサイに出会えると思います。
それでは、醫王寺の誇るアジサイたちをご紹介いたします。
純白のアジサイです。清楚でおとなしいイメージですね。
アジサイの花びらひとつひとつが他と比べて小さいこともあり、その繊細な美しさを楽しんでいただければと思います。
こちらはピンク色のアジサイです。
緑色の葉っぱと対比をなして一層映えますね。
こちらは青色とピンク色のほぼ中間である紫色ですね。
こちらも美しいですね。紫はもともと高貴な色ですし気品を感じます。
最後にこちらはガクアジサイ。こちらの株は大きく育ち、下から見上げるように撮影しています。
ガクアジサイは開花も早いですから、まもなく見頃を終えてしまうでしょうが、なかなか繊細な作りで慎ましいイメージです。
ミツバチなどの昆虫にとってはこのガクアジサイが一番人気なようで、開花と同時に多くの羽音を聞くことができました。
アジサイを鑑賞して頂くにはあえて雨の日か、雨の翌日が生き生きしたアジサイに出会えると思います。
2012年06月17日
枯山水の庭園 刈込み終了
醫王寺の境内の管理では、6月に入ってすぐツツジやサツキの刈込みを行います。
ツツジやサツキの刈込みは、8月13日の寺施餓鬼にお檀家さま皆さまに庭園を気持ち良く鑑賞していただくため行っています。
ですから、サツキの花が終わりになることを待ちわびて迅速に刈込みすることが求められています。
ずっと晴れ間だと良いのですが、この季節、雨は必然!なので天候との競争となるわけです。
おかげさまで今年は済みましたが。
刈込み前、before

こちらが、after


刈込み前、before

こちらが、after

刈込み前、before





ツツジやサツキの刈込みは、8月13日の寺施餓鬼にお檀家さま皆さまに庭園を気持ち良く鑑賞していただくため行っています。
ですから、サツキの花が終わりになることを待ちわびて迅速に刈込みすることが求められています。
ずっと晴れ間だと良いのですが、この季節、雨は必然!なので天候との競争となるわけです。
おかげさまで今年は済みましたが。
刈込み前、before
こちらが、after
刈込み前、before
こちらが、after
刈込み前、before
こちらが、after
刈込み前、before
こちらが、after
その他、刈込み後のきれいになった様子です。
2012年06月16日
今月の法語 平成24年6月
決められたこと
与えられた環境で
腹を括れるかどうか
それだけ
三段の引出しがついた脇机は、書類や文具を収納する容量も大きく、便利なものです。それだけに撤去されると、机についている残りの引出しだけでは容量が足りないと嘆くMさんでした。
仕方なくすべての荷物を整理して、不要と思われる物を廃棄し、必要な物はファイリングをしてみました。すると、意外にも、今ある机の四段の引出しにすっぽりと収まったのでした。
〈入れる場所があったから、無駄な物まで持っていたのだ〉と感じたMさん。「物事は、スペースが決まってしまえば何とかなるものだ」ということを、実体験の中で学びました。
整った環境の中では、良いアイデアが生まれやすいものです。机やロッカーなどの仕事環境を整備し、効率を上げて職務に取り組んでいきたいものです。
人は知らず知らずの内に、新しい事へチャレンジする気持ちよりも、現状を維持しようとする気持ちの方が大きくなっていくのかもしれません。
ですから、今までと大きく変化してしまったり、自分の都合から大きく離れてしまうと心配や不平不満が先に立ってしまうものなのでしょう。ですが、どんな人でも全て希望に適った仕事や環境ばかりではありませんね。
嫌々ながらしょうがなく仕事や環境に対応していくことも一つの方法ですが、それでは仏教が勧める心安らかなる生き方とはほど遠いものになってしまいます。
では、どうすれば良いのでしょうか。
標語では、与えられた環境に腹を括れるかどうかと書いていますが、勢いを込めるためにこんな表現を選んでおります。本来ならば与えられた環境を目の敵ににしたようなこの表現は余り適切ではないのかも知れません。
自分がやるべき仕事や環境を自分の希望の方向へ変えたい!しかし、そんなに都合良く変えることは出来ない。ですから実際に変えるべきなのは、自らの心の方なのです。
自らの心を変えていくのですから、おかげさまで嫌々ながらという事にはなりません。これが大事なことです。自分の希望を強く持ちすぎ、それが適わないことを嘆く状況は、欲望や煩悩を膨れあがらせてしまい、コントロール出来ない状況にいるのと一緒です。
欲望や煩悩の炎で我身を焦がすばかりで、より苦しみを増すばかりです。
仏教では小欲知足という言葉があります。これほど人間の欲望を上手にコントロールしている表現も無いと思います。
人はひとつの希望や願い、物などを手に入れることが出来た場合、とても満足できると思います。食べ物でなければ、残る物ですから、満足な気持ちを長く感じることができると良いのですが、実際はそうはいきません。
ひとつ物や希望が適っても、その次の瞬間にはまた別の物が欲しくなったり、別の希望をのぞむようになるでしょう。適えても適えても、もう十分と言うことはないのです。常に前進や向上心につなげていくことが出来るならばそれも良いのですが、ただ単につきることのない欲望や希望を適えることだけに目的を持ってしまうと、心が安らぐことはなくなってしまうのです。
そこで、自らの心を良く見つめ、これで十分である。またはこれで素晴らしいありがとうという感謝の気持ちを持つことが大事ですね。
ありがとうという感謝の気持ちを常に抱くことが出来るのであれば、ひとつの物や希望が適ったときにすぐ次の物や希望に気持ちが移ってしまうことはなく、しっかりと感謝することができるので、心は常に満足な気持ちを持ち続けることが出来ますし、もし新たな物や
希望が適うのであれば、さらに一層ありがとうという感謝の気持ちでお礼を言うことができるでしょう。
充実した日常は自らの気持ちをちょっと変えることから、自らの心がけひとつで安らかに生活できると知っておいていただきたいと思います。
合掌
※以下、参考書籍

この法語作成のために参考にした書籍は「職場の教養」です。
社団法人倫理研究所にて毎月発行されている書籍です。
社団法人倫理研究所とは、文部科学省生涯学習政策局所管の社会教育団体になります。会社の社長さんや経営者の方々が早朝の時間を使って勉強し、自らを磨く活動によって、健全な経営を行い社会貢献を実践しています。
2012年06月15日
写経会 6月29日(金)19時より

6月の写経会のご案内です。
通常、写経会は毎月の第4木曜日を計画しておりますが、お寺の用事と都合によりまして、6月は金曜日の29日、19時からとなります。
ご予定頂いている皆さまには、急な日時の変更で申し訳ありません。
6月29日(金)19時からですので、お間違えないよう、よろしくお願い申し上げます。
2012年06月12日
見付の西光寺さん
本日は遠江49薬師霊場会の下見ということで、各地の札所を回ってましたが、その中のひとつに見付の西光寺さんを訪れました。

この山門ですが、鐘楼堂と一緒になった作りで、真下から見上げると、頭上には鐘があり、鐘の音が上から降ってくる感じです。

境内には御神木があるのですが、こちらはナギの木だそうです。
幹などとてもでかく、さすがの風格。
ここ西光寺さんは知る人ぞ知る人、縁結び、恋愛成就、除災与楽のパワースポットだそうです。
その御利益にあやかりたい方は…
こちらのナギの木に触れてから、次にお隣のクスの木

いかにも樹齢を重ねた御神木ですね。
こちらに触れると良いそうです。
自分も早速、ナギの木、クスの木の順番で触ってきました。
ちなみに、もし縁切りしたいってことならば、クスの木を触ってからナギの木に触ると良いそうです。
ウソか真か!
これこそ、自分で確かめるしかないようですね。
…ですが、自分は縁切りの方法は試しませんでした。
勇気ありませんね(;´Д`A

この山門ですが、鐘楼堂と一緒になった作りで、真下から見上げると、頭上には鐘があり、鐘の音が上から降ってくる感じです。

境内には御神木があるのですが、こちらはナギの木だそうです。
幹などとてもでかく、さすがの風格。
ここ西光寺さんは知る人ぞ知る人、縁結び、恋愛成就、除災与楽のパワースポットだそうです。
その御利益にあやかりたい方は…
こちらのナギの木に触れてから、次にお隣のクスの木

いかにも樹齢を重ねた御神木ですね。
こちらに触れると良いそうです。
自分も早速、ナギの木、クスの木の順番で触ってきました。
ちなみに、もし縁切りしたいってことならば、クスの木を触ってからナギの木に触ると良いそうです。
ウソか真か!
これこそ、自分で確かめるしかないようですね。
…ですが、自分は縁切りの方法は試しませんでした。
勇気ありませんね(;´Д`A